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京都地方裁判所 平成4年(わ)776号 判決

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一  かねてより高配当を約束して不特定多数の者から出資金を受け入れ、株取引に投資してきたものであるが、折からの株価下落により相次いで株取引で損失を出し、もはや株取引では約定の配当に充当する利益を得ることができなくなった結果、新たに出資金を受け入れてもそれを直ちに他の出資者に対する配当の支払いや元本の返済に充当しなければならない状態に陥り、やがては出資金に対する配当の支払い及びその元本の返済が不可能になることが確実となったにもかかわらず、その情を秘し、更に出資金名下に金員等を騙取しようと企て

一  別表一記載のとおり、平成三年一一月一〇日ころから平成四年五月一日ころまでの間、前後四回にわたり、京都市上京区〈番地略〉喫茶店等において、自ら又は甲ほか四名を介し、Aほか二七名に対し、あたかも出資金に対する配当の支払い及び元本の返済を確実に行うかのように装って、「三五日間で一五パーセントの利息をお渡しして、三五日後には元金を利息と一緒に返す。」などと申し向け、右Aらをしてその旨誤信させ、よって、平成三年一一月一五日ころから平成四年五月一日ころまでの間、前記〈番地略〉喫茶店等において、同人らから出資金名下に現金合計三億八一七九万円及び保証小切手一枚(金額一〇〇〇万円)の交付を受けてこれを騙取し

二  別表二記載のとおり、平成四年一月三〇日ころから同年二月二四日ころまでの間、前後三回にわたり、京都市上京区〈番地略〉の当時の自宅等において、自ら又は乙を介し、Bほか二名に対し、真実は、直ちに金融会社に担保を入れ、その借入金で他の出資者への配当金等に充てる目的であるのに、その情を秘し、あたかも出資された株券等については、確実な団体に差し入れ特別の取引において利益を得る上、確実に返還できるかのように装って、「私は経団連で株式投資をしていて、裏情報が入るので株価が上がっても下がっても利益が出るようになっている。まさか投資信託なんか大事そうに持っているんじゃないでしょうね。他の人は証券をどんどん私に預けて半年くらいで損している分くらいは取り返してあげている。あなたも証券を持っていたら早く持ってきなさい。」などと申し向け、右Bらをしてその旨誤信させ、よって、同年二月七日ころから同月二四日ころまでの間、同市同区〈番地略〉等において、同人らから出資金名下に投資信託証券一四枚(時価一五二一万六六六〇円相当)及び株券四万二〇〇〇株(時価二九六〇万四〇〇〇円相当)の交付を受けてこれを騙取し

第二  法定の除外事由がないのに、別表三記載のとおり、平成二年八月二一日ころから平成三年九月六日ころまでの間、前後一六回にわたり、京都市左京区〈番地略〉C方等において、不特定かつ多数の相手方である右Cほか七名から現金合計一億二七九〇万円及び保証小切手一枚(金額一三〇〇万円)を一か月につき二パーセントないし二〇パーセントなどの利息を支払うことを約して受け取り、もって業として預かり金をし

たものである。

〈証拠略〉

(法令の適用)

被告人の判示第一の一及び二の各所為は別表一及び二の各番号ごとに刑法二四六条一項に、判示第二の所為は別表三の各番号ごとに出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律八条一項一号、二条一項にそれぞれ該当するところ、判示第二の各罪について所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第一の一別表一の番号52の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入することとする。

(量刑の理由)

本件は、株式に興味を持った被告人が、その魅力に取りつかれ、やがて他人から出資金を募って預かり、これを元手に株式運用を行うようになり、また、投機的要素の強い仕手株等にも手を染めるなどして、多額かつ危険な取引を続けてゆくうち、いわゆるバブル経済の崩壊の影響もあって大損を出すところとなり、ひいては、右出資者に対する配当金の支払いもできなくなったことから、その穴埋めをするために、出資金等名下に金員や株券等を次つぎと騙し取っていったという事案である。

判示第一の犯行は、合計五七件、被害者数三一名、被害総額四億三六〇〇万円余りという多数回かつ多数人を対象とした多額の詐欺事犯であり、また、判示第二のいわゆる出資法上の業として預かり金をすることの禁止規定違反の犯行も、合計一六件、預け主の数六名、預かり金総額一億四〇〇〇万円余りという、これもまたかなり大規模な経済事犯である。

各犯行の動機についてみるのに、被告人が右の詐欺に及んだのは、出資者に対する配当の支払いや元本の返済のための資金を得ようとしてのことであるが、そのような資金を必要とする事態に立ち至ったのも、元はといえば、本質的に損失の危険を伴う株取引によって資産運用を図るものであるのに、安易にも固定利率での配当を約して出資を受けるなどしたことに原因があるのであって、浅はかというほかなく、そもそも、たとえそのような資金が必要になったとしても、何も詐欺までしなければならない理由はないはずであり、被告人の行為は、結局において、破綻を若干先延ばしにしようとしたというものにすぎず、その意味で、心情的には理解できなくもないが、犯行の動機としては格別酌むべき事情とはなり得ない。

また、その手口にしても、極めて高利率の配当を約し、あるいは、自身が財界とつながりがあるかのような虚偽の事実を申し向けるなどして出資を勧誘し、更には、他の者を介して手広く出資者を募るなどしており、巧妙かつ大胆である。

そして、本件の被害者はすべて個人であり、被害金は同人らが営々として蓄積してきた生活資金などであるところ、被告人は平成四年六月に自己破産の申立てをしており、被告人やその周囲の者の財産状態からして、被害弁償は殆ど望めない状況にあるといわざるを得ず、これら財産を失った被害者の心中は察するに余りある。

これらの事情に照らすと、被告人の刑事責任は相当に重いといわなければならない。

しかしながら他方、本件詐欺は、前記のとおり、出資者に対する配当の支払いや元本の返済に窮した被告人がそのための資金を得ようとして行ったものであり、もっぱら自己の費消、蓄財のための財産を得ようとし敢行された犯行とはおのずとその犯情を異にするというべきであるし、現に取得された現金等は他の出資者に対する配当の支払いや元本の返済に充てられており、被告人はそれによって特段の経済的利益を受けていない。また、判示第二の預かり金についても同様に、被告人はそれによって特段の経済的利益を得ていない。

そして、右の詐欺については、被害者の方にも、欲に目がくらんで被告人や仲介者の甘言に惑わされ、これを安易に信用し、更には被告人を利用して金儲けをしようと考えた点など、一端の責任があったことは否定できず、また、被害者の中には、その額は被害の額に比してさほどでないにしても、一部出資に対する配当を受けていた者もいるのである。

右に加えて、被告人には前科がなく、株式運用の点を除いては、その生活態度に格別問題はなかったこと、捜査公判を通じて事実をすべて認めており、その反省の情は顕著と認められること、前記のとおり、被害弁償は殆ど望めない状況にあるものの、被告人なりに被害者に謝罪するとともに弁償にも努めていきたい旨公判廷において誓っていること、本件により被告人の家族も離散の破目に追い込まれるなど犠牲を強いられていること、被告人自身六五歳と高齢で、しかも高血圧症に罹患していることなど、被告人のために酌むべき事情も少なからず存する。

そこで、以上諸般の事情を総合考慮して、被告人に対しては主文程度の刑をもって臨むのが相当と判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官白井万久 裁判官山口裕之 裁判官遠藤俊郎)

別紙〈省略〉

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